仏教信仰とキリスト教信仰と迷信信仰

私は宗教に疎く、関心もありませんが、先日、『空海』と言う映画を見ました。空海というのは、弘法大師とも言われる人で、平安時代初期の僧侶です。774年に生まれ、835年に死去しました。平将門よりも100年ぐらい前に生きた人です。

この映画を見ていて思ったのですが、嵐や荒波を生命活動と見る空海の思想に心打たれました。思わず、「それは迷信に過ぎませんが・・・」と教えて差し上げたくなりましたが、仏教の信仰というものはこういうものなのでしょうか?

迷信の信仰として有名なのはキリスト教です。キリスト教は、そのほとんどすべてが迷信により成り立っています。ありもしない神様を空想し、来るわけもない救済を来ると信じ込み、行けるわけもない天国に行くと思いこむ悲惨な迷信の固まりがキリスト教です。今や気違い以外は誰もキリスト教を信じていません。実際、「神様が実在する」とか、「救済が来る」とか、「自分は天国に行く」などと大声で叫んでいると、絶対に天国に行くことはできませんが、確実に精神病院に行くことはできます。

仏教は、キリスト教ほど迷信だらけではない様ですが、自然現象に意志が存在するなどと言う話は、相当に笑えました。大昔にはあんな馬鹿げたことを考えて生きていた人たちがいたのですね。しかし、そんな馬鹿げたことのために命を落としたりした人がいたのは、気の毒なことです。

この映画を見ていてわかったのは、そうした無知蒙昧な大昔の人たちをなだめるには、でたらめであっても、何か気持ちが安らぐようなことを言ってあげるのは、役に立つと言うことでした。宗教などと言うものは、今となっては、ただのお笑いに過ぎませんが、大昔に宗教が政治と結びつき、時の権力者に歓迎されたのは、そのような理由からなのでしょう。

科学の発達した現代に生きる私たちは、もはや宗教は必要なくなりました。科学的な知識を学び、科学的に考えることにより、正しい道を歩むことができます。科学のおかげで、私たちは踊る阿呆にならずにすむというわけです。本当によかったと思います。

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